2024年は甲子園球場が完成して100周年の佳節になります。
私が初めて三塁コーチャーボックスに立ったのは14歳、中学2年生の春季大会のときです。
私は前年の秋に右肩を痛めてボールを投げることができない苦しい日々を送っていました。新チームで遊撃手として試合に出場していた矢先の右肩痛です。治療法が合わなかったのか、治療を続けても肩の痛みは回復せず、悶々とした日々が続いていました。
そんな青春の苦しい時間の中で、一冊の本に出会うことができました。『甲子園の心を求めて』という東京都立東大和高校などの野球部を監督として指導された佐藤道輔先生が書かれた本です。
その本の中で、「私の守備位置は三塁コーチャーボックス」という章があり、高校生三塁コーチャー・阿部康之選手の紹介をされていました。
私は「三塁コーチャーなら、今肩を痛めて試合に出れない自分でも、チームに貢献できるかもしれない」と思いました。真っ暗闇で野球を続ける中で、三塁コーチャーが一筋の光明になったのです。そしてすぐに三塁コーチャーを志願して、三塁コーチャーボックスに立ち、コーチャーの道を歩み始めました。
高校も名門野球部に入部する前に、肩を痛めていることを監督にお伝えしました。監督は入部を許可してくださり、高校でも三塁コーチャーの道を歩みました。
幸運にも、高校2年の夏には、三塁コーチャーとして甲子園大会に出場することができました。その甲子園で、三塁コーチャーの思考と判断を肌身で学ぶことができました。うまくいくことと、うまくいかないことも心身で学んできました。
大学も東京六大学野球の島岡吉郎監督率いる明治大学野球部のセレクションを受け、三塁コーチャーとして合格しました。高校の監督も、明治大学野球部がコーチャーとして合格を出してくれたのは、おそらく初めてだろうとたいへんに喜んでくれました。
甲子園球場完成100周年の佳節のときに『超機働力〜0.2秒を制する 三塁コーチャーバイブル』を書き上げることができました。
この本を、高校野球の男女ランナーコーチャーや、野球を真に愛する全てのランナーコーチャーに贈ります。そして、本書を日大二高野球部の恩師である故・高本晴夫先生に捧げます。
2024年8月1日
川島 敏男
参考文献
- 『甲子園の心を求めて』佐藤道輔著(東宣出版)
- 『二流選手から一流指導者へ』伊原春樹著(ベースボール・マガジン社)
- 『1973年 広島商業 精神野球の神髄』馬場遼著(ベースボール・マガジン社)
- 『力がなければ頭を使え』迫田穆成、田尻賢誉著(ベースボール・マガジン社)
- 『甲子園! 名将・馬淵語録』寺下友徳著(東京ニュース通信社)
- 『小倉ノート』小倉清一郎著(竹書房)
- 『ドジャーズの戦法』アル・カンパニス著(ベースボール・マガジン社)
著者プロフィール
川島 敏男(かわしま・としお)
東京都杉並区出身。日本大学第二中学校−日本大学第二高等学校−明治大学野球部出身。遊撃手をしていた13歳、中学1年生の秋に右肩を故障。一冊の本に出合い、三塁コーチャーの道を志す。高校2年の夏に三塁コーチャーとして甲子園に出場する。明治大学野球部のセレクションも三塁コーチャーとして受け、大学創立100周年の年に入部する。2年連続大学選手権優勝を経験する。高校野球部のコーチ・助監督として、指導者としても甲子園出場を経験。現在は、超機働力〜0.2秒を制する三塁コーチャーバイブルセミナーや、野球AIアナリスト分析資格講座を、オンラインやリアル開催している。受講したチームから甲子園出場、全国大会で活躍したチームを輩出している。一般社団法人蒼空希望学園理事長。U−15・U−12公認野球指導者。
- 川島敏男オフィシャルサイト https://toshio-kawashima.com/
- 一般社団法人蒼空希望学園 https://aozorakibou.com/
奥付
- 書名
- 三塁コーチャーバイブル ランナーコーチャーの思考と判断
- 著者・発行人
- 川島敏男
- 発行
- 2024年8月1日 初版第1刷/2024年11月18日 第2刷
- 印刷
- 株式会社日刊スポーツPRESS(〒104-0045 東京都中央区築地3-5-10)
- 装丁……オムデザイン
- 撮影……新井友馨
- 三塁コーチャーモデル……加藤朝陽
- 制作統括……小泉浩司
- 構成……小川誠志